化学反応を引き起こすのは駆動「力」か?
Let's Drive "Driving Force" Out of Chemistry
http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/ed082p827
古い論文だが、化学反応における自発的な変化に対して、Driving Force(駆動力)という言葉を使うのをやめようというお話。
著者はNorman C. Craig教授。ご専門は物理化学。
Norman C. Craig | Chemistry / Biochemistry | Arts and Sciences | Oberlin College
Driving Forceというと、なんと言えばいいのか非常にもやっとする概念だけど、一般に化学では反応を進行させる力みたいな意味で使われていて、反応を進行させるのがなんで「力」なのかと考えると更にまたもやっとするわけである。
そもそも減れば減るほど系が安定になる化学ポテンシャルの次元はJ/molなどのエネルギーを分子数で割った値であり、距離で割ってmolかけてあげないと力にならないわけです。つまり、力と言っても科学的な意味での「力」に分類できないからもやっとする。それに距離ってなんですか、と。
(分子反応動力学やメカノケミストリーでは実際に力が働いて反応が起きる訳ですが、少なくとも熱・統計力学の観点から化学反応を論じる際に力と言ってしまうと違和感が生じる)
まあ、実際の化学者の会話だともっと雑な感じが。
学会とかでは、
教員「この反応のドライビングフォースは何ですか?」
学生「ルイス酸による活性化です」
教員「分かりました、ありがとうございます」
みたいに、そもそも反応エネルギーを変えずに活性化エネルギー減らすだけの触媒反応レベルでも使ってるような印象が(※これは勝手なイメージです)。
で、軽く調べたところ、いろんな概念が実際にDriving Force扱いされている模様。
芳香族性がDriving Force(http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/ja307213m)
溶媒再配列がDriving Force(http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/ja075975z)
ひずみの解消がDriving Force(http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/jacs.6b03247)
分散力がDriving Force (これは次元が力)(http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/jacs.6b03560)
そもそも言葉は使われるうちに適用範囲が広がってしまうもので、流行語なんかはすぐに色んな文脈で使われて死んでいくわけですが、学術論文でこういう言葉が使われてしまうのは何とも言い難い気持ちに。
言葉の使用の際には少しだけ気をつけたいなという話でした。特に面白いオチは無い。
おまけ
で、この論文に触発されて追い打ちをかけるように賛同の言葉が寄せられてたりします。
No "Driving Forces" in General Chemistry
http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/ed083p702.2
あんまり使わないほうがいいんじゃないですかね、この言葉。